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3-11 疑いの目 2

last update Last Updated: 2025-05-07 13:34:45

 渚が電話で話をしている様子を里中は偶然目撃していた。

丁度使用済みのリネン類をカゴに入れて中庭から入ってきた業者に手渡している時に、渚が電話で会話している声が風に乗って聞こえてきたのである。

(え……? 明日11時に誰かと会うのか? う~ん……気になる!)

里中は業者にリネンを全て手渡した後に自分のシフトを確認すると、近藤が休みになっている。

(よし、代わって貰おう!)

その後、昼休憩から戻ってきた近藤を拝み倒して何とか里中は翌日の休みをもぎとったのだった——

****

 その日の夜―—

「ごめん、千尋。僕明日は早番だったのが遅番に変更になったんだ。だから帰り遅くなってしまうかも」

二人で向かい合って食事をしている時に渚が言った。

「え? そうだったの? 随分急な話だね」

「うん、そうなんだ。どうしても遅番の人手が足りないらしくて……本当にごめん。明日は二人で仕事帰りに映画を観に行く予定だったのに」

渚は頭を下げてきた。

「大丈夫だよ、だって明日行こうと思ってた映画はまだ始まったばかりだから当分の間は終わらないもの。また今度一緒に行けばいいよ」

「でも……」

「気にしなくていいってば。私も明日は帰宅したらすることを思いついたから」

「え? 何思いついたことって?」

「フフフ……。内緒。今度教えてあげる」

千尋は意味深に笑った——

****

——翌朝

 今朝の渚も早起きだった。千尋が着替えをして起きてくると、もう朝食の準備をしていた。

「おはよう、渚君。今日も早いね。たまには私が準備するよ?」

「いいんだよ、だって僕が千尋の為にしてあげたいだけなんだから気にしないでっていつも言ってるよね」

今朝のメニューは久しぶりの和食だった。大根と油揚げの味噌汁に、出汁巻き卵に納豆、漬物がテーブルの前に座った千尋の前に並べられる。

「うわあ、今日も美味しそうな朝ご飯だね」

千尋は笑顔になる。

「うん。さ、食べよ?」

渚も千尋と向かい合わせに座ると、二人で手を合わせた。

「「いただきます」」

そしていつも通りの食事が始まった……。

「渚君、今日シフト変更になったんだものね?」

食事をしながら尋ねる千尋。

「うん。遅番だから少しゆっくり出るよ。その代わり帰りは遅くなっちゃうんだけどね」

「それじゃ今夜の夜ご飯は私が作るから楽しみにしていてね。え~と……何がいいかな?」

「僕は千尋が
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    「はあ……」 里中はリハビリステーションに貼ってあるカレンダーを見てため息をついた。「どうしたんだ? カレンダー見て、ため息なんて」近藤が声をかけてきたが、あることに気付いた。「ははあん。そう言えばバレンタインがもうすぐだったよなあ? あれ~何曜日だったけ?」「……金曜日ですよ」「そうだったっけな! う~ん。金曜日か……。残念だったな。まあ、元気出せ」近藤は里中の背中をバシバシ叩いた。「先輩、痛いです……。そういう先輩はどうなんですか? って聞くまでも無いですよね」「まあな~毎年バレンタインは彼女からの手作りチョコを貰ってるな。可哀そうな後輩の為に1個位御裾分けしてやてもいいぞ?」「結構ですよ、せいぜいそうやってのろけてればいいじゃないですか」里中はプイと背中を向けると備品の点検に行った。****「ねえ、千尋ちゃん。去年は誰にもバレンタインにプレゼントあげていなかったみたいだけど、今年は渚君にあげるんでしょう?」渡辺が客足が途絶えた時に千尋に話しかけにきた。「そうですね~。渚君にはいつもお世話になってるし、バレンタインのプレゼントは勿論あげるつもりですよ。あ、勿論渚君以外にも他の男性達にもあげる予定です」「ああ、義理チョコね?」「はい。原さんやリハビリステーションのスタッフの方々にもあげる予定です。でもリハビリの人達は人数が多いから、手作りチョコを箱に入れて皆さんでって形にしようかと思ってます」「でもバレンタインの日は病院に行く日じゃないけど?」「そらなら大丈夫です。メッセージカードを添えて渚君に持って行ってもらうようにお願いします」けれど——渚にだけは特別にバレンタインのプレゼントを用意しておいた。3週間以上前から千尋は内緒で渚の為に手編みの手袋を編んでいたのである。あと少しで完成する予定だ。(渚君、喜んでくれるかな……)そのことを考えると、自然と笑みがこぼれた。「なあに? 青山さん。楽しそうな顔して」そこへ中島が会話へ割って入ってきた。「そうよ、どうしたの千尋ちゃん。あ、もしかして……渚君のこと考えてたでしょう?」「そ、そんな……。私、笑ってましたか?」「「笑ってた」」中島と渡辺が声を合わせた。「ま、いいんじゃない? 二人は恋人同士なんだから」中島がサラリと言った言葉に千尋は胸がズキッと痛んだ。

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   3-9 渚の幼馴染 3

    「もしもし…」電話口から祐樹の声が聞こえてきた。『あ、渚! やっと電話に出たな? さっきは何で電話に出なかったんだよ?』「電話がかかってた時、居候相手が側にいたからだよ」『何だよ、別に構わないじゃないか。それ位……ん? 待てよ。もしかして居候相手って女か?』「……うん……」『お前、まだ懲りてないのか? あんな目に遭ったって言うのに。まだあの女と別れてなかったのか? ったく……あんな女の一体どこがいいんだか俺には理解出来ないぜ』「違う、全然別の人だよ」『そうなのか? まあ俺が口出ししてもしょうがない話だけどな。付き合うならもっとまともな女を選べよ』「彼女は祐樹が思っているような人じゃないよ」『まあ、いいさ。ところでお前のメールアドレス聞くの忘れたから、今から俺のアドレス教えるから必ずメールよこせよ。俺のアドレスは……』「ふう」ようやく渚は電話を切った。そこへ風呂から上がった渚の所へやってきた。「あ、千尋。お風呂あがったんだね」「うん、ごめんね。先にお風呂入っちゃって。渚君もお風呂どうぞ?」「そうだね。それじゃ入ってくるよ」 渚が風呂に入りに行くと、千尋は録画しておいたドラマを観るためにテレビをつけてソファに座った。近くには渚の携帯が置いてある。その時、突然渚の携帯が鳴った。「あれ、さっきも携帯なってたよね……?」悪いとは思ったが着信の相手を見てみた。「橘……祐樹? 誰だろう? 職場の人かな……?」携帯電話はしつこく鳴り続けている。(でも勝手の人の携帯電話に出るなんて絶対にやっては駄目なことだからね)千尋はそう自分に言い聞かせ、そのままにしておいた。その後、何度も携帯は鳴り続けた。(どうしよう……? もしかしたら急ぎの用なのかなあ? 渚君に知らせてきた方がいいかな? でもお風呂に入ってるし) その時、渚が風呂から上がってきた。「あ! 渚君。さっきからずっと何回も携帯に同じ人から着歴があるんだけど」「え……? また?」渚はうんざりした表情を浮かべる。「またって……一番初めにかかってきた電話も同じ人なの?」「うううん違うよ。でも千尋がお風呂に入ってるときに彼から電話かかってきたから話はしたよ」「またかかってくるかもしれないから、渚君から電話してみたら?」「いや、大丈夫だよ。大した用事じゃないと思うから」「でも

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   3-8 渚の幼馴染 2

    「お仕事お疲れ様、千尋!」千尋が店を出ると笑顔で渚が待っていた。「いつも迎えに来てくれなくても大丈夫なのに」「駄目だよ、夜の一人歩きは危ないから。何より僕が心配で家で待ってなんかいられないよ」渚は首をブンブン大袈裟に振る。「それじゃ、帰ろう?」いつものように渚は手を差し出してくる。「う、うん……」千尋は遠慮がちに手を伸ばすと、渚は当然のようにしっかりと指を絡ませて握ってくる。「今夜はねえ、千尋が大好きなチーズフォンデュだよ。美味しそうなフランスパンも買ってきたから。後、美味しそうなかぼちゃが売ってたからパンプキンスープも作ったんだよ」パンプキンスープは千尋が大好きなスープだった。「うわあ、本当? 今からとても楽しみだな~。あ、ところで渚君が買いたがってた家電は買えたの?」「それが……これだって言うのが中々見つからなくて結局何も買わないで帰って来ちゃったよ。今度は二人で一緒に見に行かない? なるべく千尋のお休みの日に僕も休みを取れるように調整するから」「うん、そうだね。それもいいかも」二人は笑顔で手を繋いで家に向かう。その姿はまるで恋人同士か、新婚夫婦のようだった――****「ああ、美味しかったあ。やっぱり渚君は料理が上手だね。ご馳走様」渚の手作り料理を食べ終えた千尋は、すっかり満足していた。「片付けは僕がやるから千尋はお風呂入っておいでよ」渚が食器を片付けながら声をかける。「そんな、渚君が料理を作ってくれたんだから片付けは私がやるよ」「いいから、いいから」その時、突然渚のスマホが鳴った。「? 珍しいね。渚君のスマホが鳴るなんて」「うん、そうだね」渚はスマホをチラリと見たが電話に出ようとしない。その顔は若干青ざめている。「出なくていいの?」「うん。いいんだ。迷惑電話かもしれないし」「それもそうだね」「ほら、千尋はお風呂だよ」渚はバスタオルとタオルを千尋に手渡した。「う・うん……。それじゃ入って来るね」千尋は着替えとバスタオルを持って、風呂場へと向かった—―「ふ~……いいお湯」お湯につかりながら千尋は渚のことを考えていた。(何だかあの電話の後、様子がおかしかったようにみえたんだけどな……)千尋は渚のことが気がかりでならなかった――その頃渚は食器を片付けながら、スマホを気にしていた。すると、案の

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   3-7 渚の幼馴染 1

    「あ……」渚は咄嗟に身を翻して逃げようとした。「おい! 待てよ!」茶髪の若い男はあっという間に渚の腕を掴んで捕まえた。「何で逃げようとするんだよ。半年以上も行方をくらましておいて。俺が今までどれ位お前のこと探し回ったのか分かってるのか? スマホも繋がらない、アパートに行っても解約されていたし」渚は俯いたまま黙っている。茶髪の男はため息をついた。「おい、ちょっと顔かせよ」そして渚の腕を掴んだまま歩き出した。****  渚と茶髪の男はファミレスの椅子に向かい合って座っていた。冷えて生ぬるくなったコーヒーが2つテーブルに置かれている。渚はテーブルの下で両手を握りしめて俯いていた。男は腕組みをして渚を睨んだ。「おい、渚。何とか言えよ。さっきから黙ってばかりで。お前、もしかして俺のこと忘れちまったのか?いや、そんなはずないよな? 俺を見て逃げ出そうとしたんだから」それでも渚は黙っている。「う~ん。どうもさっきから変な感じがするんだよな……。俺の知ってる以前のお前と今のお前、全く雰囲気が違って見えるんだが……。お前、渚に変装した偽物か?」「偽物じゃ……ないよ」ようやく渚は口を開いた。「偽物じゃ無いって言うなら俺の名前言えるはずだ。俺の名前は?」「橘……祐樹」「言えるなら、渚で間違いないかもな。だけどな! 絶対お前おかしいぞ? そんなキャラじゃ無かっただろう? なんかビクビクしてるし、本来のお前は喧嘩っ早くて血の気の多い男だったじゃないか。目つきだって凄く悪かったぞ?」「実は僕は……一部記憶が無くなってしまったんだ。どうして記憶を無くしたのかも覚えてなくて」声を振り絞るように渚は言った。「はああ? 僕だあ!? やめてくれよ! お前から僕なんて言葉を聞くと鳥肌が立ってくる!」祐樹は両肩を押さえて震えた。「ごめん……」「だ~から! そんな言葉遣いするんじゃねえ!」祐樹はドン! とテーブルを叩いた。「もう、この話し方が身について今更変えられないよ……」「あ~っ! もういい! 大体お前記憶が欠けてるんだもんな。仕方が無いか」祐樹はため息をついた。「あれ? そういやお前、あの事件がきっかけで仕事辞めたんだよな? それで部屋も引き払ったのか?」「う、うん。まあそんなところかな?」「じゃあ、今は何処に住んでるんだよ?」「知り合

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   3-6 渚を知る男 3

     運ばれてきた料理を3人で食べると千尋は帰って行った。「今日は悪かったな? 今度は二人きりで食事出来るといいな?」職場に戻りながら近藤が里中に声をかける。「何言ってるんすか? 先輩が気を利かせてあの場から居なくなってしまえば二人で食事出来たのに」「ひっでえなあ、それが先輩に対する口の利き方かあ?」わざとお道化たように話す近藤を里中は苦笑いしながら見ていた。**** その後――千尋と渚は約束通り、二人が休みの日は色々な場所へと出掛けた。動物園、映画、遊園地、ドライブ……渚が行ってみたいと言っていたありとあらゆる場所へと足を運んだ。渚は始終楽し気にしていたが、何故か寂しげに見える姿が増えてきた。けれど千尋はそのことには一切触れなかった。(きっと時がたてば、渚君の方から話してくれるはず……)そう信じて疑わなかったのである。 ――2月のある日のこと「ねえ、渚君。今日はお休みでしょう? 私は仕事だけど何か予定あるの?」千尋が朝食を食べながら尋ねた。「え? うううん。特には無いよ。しいて言えば……家電製品でも見てこようかなと思ってる」「何か買いたい家電製品あるの?」「うん、ブレンダーかミキサーでもあれば便利かなって。あ、でも買うかどうかはまだ未定だけどね」「そうなんだ。良いのが見つかるといいね」「そうだね……」渚は曖昧に笑った。 仕事のない日はいつもそうしているように渚は千尋を店の前まで見送った。「それじゃ、仕事頑張ってね。今夜のメニュー楽しみにしておいてね」「ありがとう、それじゃまた後でね」千尋は笑顔で手を振ると通用口から店へ入っていく。その姿を見送ると渚は駅へ向かった——**** バスを乗り継ぎ、渚は市内一大きな総合病院の前に立っていた。千尋が編んでくれたマフラーで口元を隠し、帽子を目深に被ると渚は病院の中へと入って行った。渚は入院病棟に来ていた。辺りを見渡し、人がいないのを見計らうと個室の病室へと入って行く。その個室には若い男性が眠り続けていた。ベッドの柵に取り付けられているネーム札には年齢も名前も記入がされていない。「……」拳を握りしめ、黙ってその患者を見下ろしていると、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。「!」慌ててロッカールームに入って、隠れる。けれど足音は遠ざかって行った。入り口に耳を付け

  • 君が目覚めるまではそばにいさせて   3-5 渚を知る男 2

     それから暫くして千尋がリハビリステーションにやってきた。野口と新年の挨拶を交わしている。丁度手が空いていた里中は主任が去り、千尋が一人になると近づいた。「おはよう、千尋さん」「あ、おはようございます。里中さん、新年明けましておめでとうございます」千尋は頭を下げた。「あ、そうだったね。明けましておめでとう」里中も頭を下げた。「あの……千尋さん」「はい、何でしょう?」「実はこれなんだけど……」里中はポケットから紙袋を取り出した。「?」「俺、年末年始里帰りしていて千尋さんにお土産を買って来たんだ。もし良かったら受け取ってもらえないかな?」そして千尋に紙袋を手渡した。「私にですか?」里中は黙って頷いた。「今見ても?」「ど、どうぞ」中から出て来たのは色鮮やかなパワーストーンのブレスレットだった。千尋は目を見張った。「うわあ……綺麗。でも、こんな高価なもの頂くわけにはいきません」「あ、見た目は高そうに見えるけど、そんなんじゃないから。遠慮しないで受け取ってよ。ただのお土産なんだから」ハハハ……と笑うが、本当は気軽に渡せるような金額では無かった。(く~っ。今月は食費削らないとな……。だけど千尋さんの喜ぶ姿を見れたからいいか)「里中さん。お礼に今日のお昼ご飯、ここのレストランでご馳走させて下さい」「い、いや、何言ってるんっすか! 女の人に男がご馳走してもらなんて変ですって!」「でも、それじゃ私の気が済まないんです」千尋は食い下がる。(でも昼飯代浮くし、何より千尋さんと一緒に食べる事が出来るなら……)「それじゃ……よろしく」里中は照れくさそうに笑った——****「――で、何で先輩までここにいる訳ですか?」里中は面白くなさそうに近藤を見た。「まあまあ、そう言うなって。俺は先にここに来ていた、そしてお前たちがやってきた」近藤は得意げに言う。「はあ」里中は興味なさげに返事をする。「そして生憎、満席。けれど、俺が座っているテーブルは偶然にも2つ席が空いていた。そこで、二人をこの席に呼んだと言う訳だ」「ありがとうございます、近藤さんのお陰で席を確保する事が出来ました」千尋は嬉しそうに礼を述べる。「チエッ」里中は誰にも聞こえない様に小さな声で舌打ちをした。折角二人で食事が出来ると思ったのに、これでは何の意味も無

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